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先日後楽園店にてご来店いただきましたお客様に「どうしてiPhoneの修理をやっているの?」とご質問頂きました。

このブログを始めて、というか、開業してから続けているので2年と4ヶ月目になるのですが、この仕事を始めた理由や続けている理由は何度か書いてはきたんです。

しかし、後楽園店をオープンしてから東京のお客様が新たに増えたので、新しいお客様へ向けて、本日は頂いたご質問にお応えする形で記事を書いていこうと思います。

ご興味のある方はおつきあいください^^

 

まず、私はそもそも18歳の時から将来は自分で何か商売をしたいと思っていました。(現在は29歳です。)

そんな思いを胸に秘めつつも、起業するチャンスもお金もなく、なんなら20代前半の頃は精神的に安定していなかったので、色々な意味で非常に苦しい時期でした。

この時のことに関しては、今回は深くは掘り下げませんが、チャンスがあったらまた書こうかと思います。

なぜそもそも自分で商売をしたいと思い始めたかというと、ひとつは父の影響です。

私の名前は父が「将来、事業を起こして成功するように」という想いを込めて名付けてくれたそうなんですね。

女にしては強すぎるため、家庭運は無いそうです。笑

どの姓名判断を見ても、必ず「結婚しても離婚する」と書かれています。笑

そんな想いに沿うように、私は非常に自分勝手な性格に育ちまして、20歳過ぎくらいから「もう私には自分でお金を稼ぐしか生きてく道はないな」と感じていました。

もう人の言うことが聞けないんですね。笑

「こんなに勝手な人間は誰かの元で働くのは無理だろう。自分の力で生きてくしかない」

そう感じていました。

 

それと同時に「この国は自分には息苦しいし面白くない」とも思っていたんですね。

とてもストレスフルな国だな、と。

私には合っていないような気がしていました。

また、それまでの人生において、苦しいことが沢山あったので、誰も知らない場所で新たなことに挑戦したいという漠然とした夢を持っていました。

そんな時、当時、東南アジアが急速に発展してきていることを知りました。

まぁ書籍や投資の宣伝もあると思いますが「少ない資本で起業できる」という謳い文句に非常に興味をもったんですね。

「おっ面白いかもしれない」と感じ、仕事をやめ、約4ヶ月間、放浪の旅に出かけました。

マレーシア、タイ、ベトナム、カンボジア、インドネシア、スリランカ、韓国、シンガポール。

途中、日本に帰ってきたのですが、期間としては4ヶ月間くらいかな。

ひとりで各国をウロウロと放浪してきました。

この経験が私の人生を大きく変えたといっても過言ではありません。

私は各国いろいろ行く中で「やっぱり私は日本よりも東南アジアの方が合っているな」と思ったし、なによりベトナムが非常に好きになりまして「将来はここに移住しよう」と決めました。

それと、この旅の最中、ベトナム・ホーチミンでリンという女性に出会いました。

現在の私の親友です。

この間、3年ぶりくらいに原宿で感動の再会をしました!!

 

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(キスしているように見えますが、していません。笑)

 

彼女は聡明であり、度胸もあり、チャーミングでもあり、慈悲深い。

本当に素晴らしい人間で、私はかなり影響を受けています。

現在彼女は故郷のフエという町で、自分で教育関連のビジネスを立ち上げてめちゃくちゃ頑張っています。

事業内容も優れている上、話題性もあるので、地元のTV局に取り上げられたりもしています。

私たちは割と頻繁に連絡を取り合っているのですが、彼女は私にいつも「フエに移り住んで自分を手伝って欲しい」と言ってくれています。

「住むところも食べるところもあるから、身ひとつで来なさい」と。

 

実は、私は旅のあと、1年後くらいかな?

ベトナムに3ヶ月ほど住んでいまして。

その時に彼女の実家というか自宅に遊びに行ったことがあります。

私はその時、フエの中心部のゲストハウスに泊まっていたのですが、

毎日お昼過ぎに彼女にバイクで迎えに来てもらって自宅に行く→

彼女の小さな可愛いいとこと遊ぶ→

夕食を彼女に作ってもらう→

彼女・彼女の祖父・私で夕食を食べる→

夜の街に出かける→

またゲストハウスに送ってもらう

というのを1週間くらい繰り返し、過ごしていました。

そういう経緯から彼女の家族とも交流があるので「いつでも来ていいよ」と言われています。

 

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さて、ベトナムに移住しようと決めた私ですが、現地で雇われるのは嫌でした。

あっリンに雇われるのが嫌という意味ではないです。(リンは私を雇うというよりはパートナーにというスタンスなので、あしからず)

ただ滞在するのではなく、自分で商売をしたかったんです。

そもそも私は高卒なので日系企業の採用はまず無理だし、ビザ的にもかなり難しい部分があります。

ですので、もっと自分に力をつけて時期が来たら渡越しようと考えていました。

当時はまだリンも起業していなかったので、私自身、ベトナムに移住するというのも現実としてはあまり考えられず「とりあえず金貯めるか」という感じでした。

 

この時は、父が亡くなった友人の会社を引き継ぐことになり、急に思いがけず、社長になった頃でした。

私は事務員として父を手伝うことになりまして、父の会社で働き始めました。

それから2年ほどは非常に平凡な毎日を送っていたんですね。

父も社長になったばかりで、365日中360日くらい働いていたし、タクシー会社だったので盆も正月もなく長期休暇を取るなんて不可能なので、私も会社と家の往復で日々を過ごしていました。

そんな生活を続けて2年ほど経った頃、父の会社の事務所が奥の空き家へ移ることになり、事務所として使っていたスペースが空くことになったんです。

それが何を隠そう、いまのうちの「取手店」です。

事務所が移転することになって、父が私に「何か自分で始めてみるか?」と提案してくれました。

私はもう父の会社の事務に飽き飽きしており、退屈でやめたくなっていたので、渡りに船だったわけですね。

それと「お金を貯めて渡越しよう」と思っていても、現実、お金が全然貯まらなくて。

夢は遠い遠い、それこそ夢物語のように思えていました。

「このまま雇われていても一向にお金が貯まらないなぁ」と。

そんな時に降って湧いた「開業」は、私にとっては、正直、ベトナム行きの小遣い稼ぎのような感覚だったんです。

「これがうまく行けば早く資金が貯められるな」と。

 

事務所を移転すると決めてから移転日まではまだ2ヶ月ほどあったので、その間に何をやろうか決めようと思っていました。

しかし、正直私自身は特にやりたいこともアイディアもこれと言ってなかったんですね。

「何やろうかなぁ」という漠然とした状態で。

 

そんな時、またしても父なんですが。

父がある日がっちりマンデーというTV番組でicrackedさんの紹介を見たんですね。

その時に、私より若い女の子がお客さんの目の前でiPhoneの画面交換をチャチャっとするのを見て「みきにこれやらせよう!」と思ったそうです。笑

スペース的にも十分、資本もそんなにいらない、若い女の子でも出来ていた、そして、取手・守谷地区にはまだ1件も修理屋がなかったので「これだ!」と思ったそうですよ。笑

その後、父からiPhone修理店開業の提案を受け、私自身も興味を持ちまして、いろいろ調べて考えて「70%いける!」との判断に至ったので、開業することに決めました。

 

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もうひとつiPhone修理店を選んだ決め手としては「iPhoneが世界共通の商品であること」です。

近いか遠いかは分かりませんが、将来、海外に出た際にこの商売で身につけた技術や知識が役にたつかもしれないと思いました。

どのようにかは分かりません。

ベトナムでiPhone修理店を開業しようとするほど私は馬鹿でも世間知らずでもないので、直接的に結びつけたわけではありません。

しかし、何らかの形で役に立つ可能性を感じたんですね。

私は、ゆくゆくは、国内外問わず恵まれない環境にいる女性の役に立つような人間になりたいと思っていて。

今は自分のことでいっぱいいっぱいでそんな余裕はありませんが、自分にある程度の力(金銭的にも社会的にも)がついて余裕ができれば、です。

この点は親友であるリンも同じ気持ちで、実際に、リンはすでに事業としてチャリティ活動のようなことも行なっています。

修理という分野は学歴がいらず、やる気さえあれば技術を身につけられるので、将来、そういう働く場所を提供することができる機会があれば「この仕事は役に立つかもしれない」と思ったのも、決め手になった理由です。

私は学生時代、家庭環境に恵まれなかったため、精神的にも金銭的にも苦しい人生を歩んできました。

しかし、いまは、本当に恵まれた環境に身を置けていて、平和で幸せな毎日です。

それは決して自分の努力だけでなく、周りの支えがあったのと、運に恵まれたからです。

だから、今度は恵まれない人々のために「運」を提供したいなと思うんです。

その運は何かというと、仕事です。

だから、将来どう活かせるかは分からないけど、総合的に「iPhone修理店に挑戦してみる価値はあるな」と感じたんですね。

 

これが私が「iPhone修理店を始めた理由」です。

今だから言えますけど(というか過去にはちょこちょこ言ってきてはいますが)、私なんて全くの未経験で開業していますからね。笑

話が長くなってしまったのでまた次回に持ち越しますが、当時、現在の師匠(千葉)の会社の開業の技術研修を受けてから2週間ほどで開店しています。

だから、批判が来そうですが、私自身は修理させてもらいながら、覚えて鍛えてきました。

最初の半年くらいは、日々死にそうになりながら修理していましたね。

しかも、このブログの購読者の方は皆さんご存知ですが、私は今でも父の会社の経理をひとりで担当しています。

従業員15人いる会社なので、決して少なくない仕事量です。

それも父や会社の方の協力があって続けていられることではあるのですが。

iFoneターミナルを開業してからもずっと経理の仕事は続けているため、仕事が終わらない時、特に開店半年くらいは5時、6時に起きて会社に来ていました。

そんな激務な毎日を過ごしている中で、師匠が仲間になってくれて、、、、

また新たな展開を迎えていきます。

 

と、今日はこの辺にしておきますね!

この仕事を始めたのは「手っ取り早く稼いで早くベトナムに行こう」というのが大きな理由だったわけです。

取らぬ狸の皮算用で3年で1,000万くらいにはなるかな、と簡単に考えて、割とラフに始めました。笑

最悪失敗しても、父の会社で働いてもいるし、少ない貯金を失うだけなので、リスクもほとんど無かったですし。

何の因果か、私がiFoneターミナルを始めたちょうどその頃に、親友であるリンから「起業したからベトナムに来なよ!うちに住んでいいから手伝って」という連絡をもらいました。

私はその時すでに開業してしまっていたので行けなかったのですが「もし失敗したらもう身ひとつでベトナム行こ」とも思いましたね。笑

 

ちなみに、父はicrakedさんを見て「みきにこれをやらせよう!」と思ったと言いましたが、資金的な援助は一切してもらっていません。

開業時、事務所があまりにも酷い見た目だったので改装はしてくれましたが、そのあと家賃も払っていますし、お金は全く援助してもらっていません。

そこはケジメと根性、ですかね。

開業してから2年4ヶ月が経ち、もう本当にたくさんの出来事があったのですが「始めて正解だったか?」と聞かれたら「100%正解だった」と答えます。

今でもこの仕事を続けているのがその証明です。

この仕事のおかげで、たくさんの経験と学びの機会を与えてもらっています。

また、働く面白さや人の役に立つ幸福感、怒りや悲しみなどのマイナス面も含めて、今まで経験したことのない沢山の感情を知りました。

今、2年4ヶ月前に戻れても、全く同じ選択をしますし、全く同じ2年4ヶ月間を歩むと思います。

後悔のない人生とは、まさにこのことかもしれないです。

 

本日は長くなってしまったので「続けている理由」についてはまた次回詳しく書こうと思いますが、最後にひとつだけ。

この間ネット記事を読んでいたら、お笑い芸人の小籔千豊さんがこんなことをおっしゃっていました。

 

"好きなことで成功を収めた人がいるのはいいですよ。

素晴らしいことです。

でも、皆のやりたいことがすべての仕事でキレイに用意されてるわけじゃないですよね? 

「やりたくないけどやったほうがいいこと」が仕事として求められることも、世の中にはたくさんあります。

そこで、目の前の仕事を、切羽詰まりながら謙虚にやれるか

「伸びる人間」っていう質問に答えがあるとするなら、こういうことちゃいますか。"

“やりたいこと”を考えすぎるな。4年で新喜劇座長になった小籔千豊の「伸びる若手論」

 

私もこの仕事を始めるまではドライバーを触ったことなど無かったです。

iPhoneに興味もなかったし、Apple製品にも全く無頓着でした。

しかし縁があり、この仕事を始めることになり(最終的には自分で選んだのですが)、なんとか続けてきました。

私が伸びているのかどうかは分かりませんが、結果として続けてきたことは正解でした。

元々やりたかったことではなくとも、始めてみると案外面白いこともあります。

また、それによって思いがけない方向に道が開けることもあります。

私も時々、もうやめてしまいたいと思うことがあるんですね。

でもきっと、いま私が求められている場所というのは、自分の現在いる場所なんだと思います。

小藪さんのおっしゃるように、別に好きなことだけが正解ではないということですよね。

まぁ私は商売が好きなので、正直、どんな分野の仕事でもそれなりに楽しめる自信があるんですけど。笑

決して自分に合わないと思う仕事が「悪」ではないのではないでしょうか。

 

つづく。。。

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